Act.3 夢の終わり…みたいなもの
特に何も無いまま、十日が過ぎた。
その間セシリアさんは、料理頭のカイさんのデザートに喜んだり(王宮の料理人にも負けないって言われて、カイさんはすごく嬉しそうだった)メリアと世間話をしたり、それなりに楽しそうに過ごしていた。
でも、船長とはほとんど話をしていないように見えた。船長の方が話し掛けられないだけだと思う。セシリアさんは大人気で周りにいつも誰かがいるから、自分から話し掛けないとなかなか話ができない。
船長、しっかりしろよ…。
そして王都に到着する前日の夜。
コンコン……。
船長の部屋のドアが叩かれた。
「…開いてるぞー…」
ソファに座って足をテーブルに投げ出したまま、船長は面倒臭そうに応えた。
めずらしく一人で飲んでいたのだ。
で、オレは何をやっているかというと掃除だ。しばらく放っておいたから本は山積みだし、よくわからない書類とかがそこらへんに落ちている。なんか重要な書類だから捨てるなって言うけど、だったらちゃんとしまっておけよ。破けてるのとかあるじゃん。
そっと開けられたドアの向こうにいたのはセシリアさんだった。
「あ、セシリアっ?」
「少し、お話しをしてもよろしいかしら?」
全く予想していなかったのだろう。面白いくらい船長が動揺しているのがわかる。ったく、百戦錬磨の名が泣くぞ。
ホント、しっかりしろよ。
船長の向かいにある椅子に座ると、セシリアさんはゆっくりと口を開いた。
「あなたに御礼を言いたかったの。あなたのおかげで無事に王都に帰れそうです。ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
「あ、いや、俺はたいしたことはしてない」
「でもあの時あなたが来てくれなかったら、わたくしは生きて帰れたかわからないわ」
生きて帰るって…、そんな重大なことだったのか?
「…どういうことなんですか?」
「わたくしが死ぬと、得をする方がたくさんいるの」
そうか、セシリアさんは第1王位継承者なんだ。そのセシリアさんが死んだら…。いくらオレが世間知らずだって、それくらいは予想がつく。
「本当は、セシリアは王都に帰るのに陸路を使う予定だったんだ。でも陸路は、ノーラント国との国境線ギリギリを通る。ノーラントはウィンブリアに領土拡大を狙ってるから、そんな所を通るのは襲ってくださいって言ってるようなもんだ。お前だってわかるだろ、それはヤバイって」
「海路を使うにも、王都から海軍を呼び寄せるだけの時間は無かったし。だから、ルーディスはわたくしを迎えに来てくれたのよ」
誘拐とほとんど変わらないような方法だったけれど、と付け足して。
…船長って、何も考えてなくてその場の思いつきで行動してるのかと思ってたけど、実は結構色々と考えてるんだ。オレは駆け落ちするためにさらってきたんだと、信じて疑わなかったぞ。いや、絶対どっかで考えてたはず。
「でも驚いたわ。だってあなた、頬に刺青をしているんだもの。前はそんなもの無かったから…。いつ入れたの?」
「あの後、君と別れてから…」
「そう」
もしかして…「愛の証」って本当なのかも…。
これ以上ここにいるのも邪魔だろうから、オレはセシリアさんに小さく頭を下げて部屋を出た。
「愛の証」っていうよりむしろ
「ロリコンの証」って気がしないでもないかなー…。
大人の事情は複雑だ。オレにもいつかわかるようになるかもしれないけど、まあ今は船長が幸せになれればいっか。
でもなー、セシリアさんの理想は「5歳年上までで普通の職業の人」だからなー。どうなることやら。
昼前、船は静かに王都の港に入った。港には近衛兵がずらっと並んでいるのが窓から見えた。みんなはセシリアさんを送るために甲板に上がっている。
なのにオレは船長の部屋を掃除している。
ひどいよなー、オレは気を利かせたつもりなのに、「掃除を途中でサボった」とか言うんだもんなー。
そんなことを考えつつも、しっかり掃除をしてベッドメイクをしている自分がちょっと悲しい。
なんだかんだいって、船長には逆らえない。
掃除洗濯何でも来い。料理はまだまだだけど、たいていのことはできるようになった。これならいつでもムコに行けるぞ。
…オレの人生、これでいいのか…?
「あれ、これは…?」
ベッドの脇に落ちていた光る物。
これは…。
階段を駆け上がり甲板に出たとき、船は動き始めていた。
「セシリアさんっ!!」
オレは叫んだ。声は届いたけど、手に握りしめた「それ」を渡すことはできなかった。
セシリアさんはなんだか淋しげな面持ちで、ずっとこっちを見つめていた。
何を見てるんだ…?
「よーし、今日は飲むぞー!!」
「今日も、ですよ!」
「うっせえ、とにかく飲むんだ!」
「おうっ!」
オレの後ろで騒いでいる船長達。
どんどん小さくなっていくセシリアさんに、オレの考えを確かめることはもはやできなかった。
★☆★☆★
「そう、まるで風のような人ね」
オレとセシリアさんが交わした会話。
「でもねリセル。わたくし、嫌いではないわ。わたくしにはけして出来ない自由な生き方を、あの人はしているのですから。ただの憧れかもしれないわ。世間知らずな人間だもの」
「初めて会った時、こんな人がいるということに感動したわ。それと同時にわたくしは、自分の立場を突きつけられた気がしたの。わたくしは王女であるということに甘えていた、何もしなくてもわたくしは王女だったから。それだけではいけないということに気付かせてくれたあの人には、言葉では言い表せない位感謝しているのよ」
「いつの日か、わかる時がくるかもしれないわ。こういう形があるということに」
何をわかるのかがオレにはわからなかった。でも、セシリアさんが言っていた、船長が自由な生き方をしているってのはよくわかる。
なんで船長があんな風なのか。
わがままだし、大雑把だし、大酒飲みだし、ロリコンだし。どーしよーもない所もあるけど、それでも何か人を引きつけるモノがある。こんなのをカリスマって言うんだろうか。
酒好き女好きで
本当にどーしよーもない人だけど、なんか、なんていうか、憧れる。ついて行きたくなるっていうか。色々大変なこともあるけど、とりあえず一緒にいて楽しい。
だから此処にいるんだろうなぁ。まあ、記憶が無いから帰る場所がわかんないって説もあるんだけど。
朝陽を見ながらセシリアさんと交わした会話は、おおむねこんな感じだった。
夜になってから、オレは1人で船長の部屋に行った。
「船長、起きてます?」
「あー、何だ、リセル?」
「これ…」
船長に差し出す、小さな真珠のイヤリング。
オレが何も言わなくても、船長はそれが何なのかわかっているみたいで、無言のままそのイヤリングを受け取った。
「なんか、いいこととかありました?」
「別にぃ……」
遠い目をして、手の中でイヤリングを転がしている。
「これからどうするんですか?」
「んー、とりあえず1度アジトに戻るかなぁ」
船長はゆっくり立ち上がって、ベッド脇のサイドボードに置いてある宝石箱を手に取った。宝石箱にはオルゴールが付いていて、蓋を開けると軽やかなメロディがこぼれだす。
「キレイな曲ですね。何て曲なんですか?」
船長はその中にイヤリングを無造作に落とした。
「…知らねー」
オルゴールがゆっくりと止まるのを聞きながら、オレは船長の部屋を出る。
ぱたん、と音を立ててドアが閉まるのを確認してから、オレは小さく息をついた。
実を言うと、あのオルゴールの曲がどんな曲なのか、オレは知っている。
たしかセシリアさんの、王女様の15の誕生日を祝うために作曲された曲だ。
キレイな曲なんだよなー。
本当に船長は知らないのか、それともオレに知られて何か言われるのが嫌なのか。
多分、後者だと思う。船長がセシリアさん関係のことで知らないことなんか、そうそう無いだろうし。
★☆★☆★
結論。
なんていうか、まだまだ前途多難って感じです。