Act.2 さらにのんきなプリンセス


 ルーディス。それが船長の名前だ。年はぎりぎり三十路前の29歳。金髪碧眼の、言うと付け上がるからあんまり言いたくないけど、イイ男だ。だけど酒好き女好き。モットーは「優雅に華麗に、そして女性には優しく」(わけわからん) このあたりの海での通り名は「ブルークロス」 その由来にもなっているのが左頬の十字架の刺青だ。船長曰く、「愛の証」らしい。(本当にわけわからん)
 オレが知ってるのはこんなもんで、ルーディスってのが本名なのかすら知らない。本名を持っていても捨ててるんだろうから関係ないのかもしれないけど。
 で、その「イイ男」の船長は、失踪後2日で帰ってきた。

「てめぇら、すぐさま出港だ!とっととずらかるぞ!」

「どこ行ってたんですか?!夜中に帰ってきて、いきなり出港だなんて一体…」

「うっせえ!出港っていったら出港すんだよ!」

 寝ていた船員達をたたき起こして、出港の準備をする。甲板はにわかに騒がしくなった。

「一体どこ行ってたんですか!一応船長なんだから突然行方不明にならないで下さいよ!」

「んなこと言ったって、俺様も人間だから色々とストレスがあるんだよ。わかるか?この俺様の秘めた悩みを」

 そんなもんわかりません。

「…で、本当のところ、何が目当てだったんですか?」

「いやぁ、この地方はな、美味いワインができるんだよ。しかも酒場の女の子は美人だし…って、何を言わせるんだよ!」  
 
 いや、あんたが自分で勝手にしゃべったでしょうが。
 相変わらずの反応に、ちょっとだけ安心している自分が悲しかったり悲しくなかったり。いや、悲しいぞ。
 そんなことをしながら港を出て、しばらくたって一段落してから、ようやくオレは船長が1人の女性を連れていることに気がついた。
 そして船長の「ずらかる」という言葉の真の意味も。


 え、えーとその、何か最近見た顔なんですけど。

「…あのー、もしかして…おーじょさま…?」

 船長が連れた女性。それは間違いなく「古今東西全美女(美少女含む)名鑑決定版」に写真付きで載っていた、ウィンブリア聖王国王女セシリア・ルイ・クレスト・ゲインズリア、その人だった。
 なんで、船長と一緒に居るんだ…?つーか、なんでここに居る?修道院に居るんじゃないのか?あれ、修道院から出たんだっけか。ってゆーか誘拐じゃん、何やってんだ船長!!あああっ、前々から何かやらかすんじゃないかって思ってたけど、よりによって王族を誘拐するか?やばいって、マジで!最悪、死刑になるって!いや最悪でなくても死刑か。わかってんのか、この人は!わかってやってたらもっとマズイけどさ!つーかヤバイよ!
 一人で苦悩しているオレの横では。

「よう、セシリアちゃん大きくなったなぁ」

 …………。
 今何て言った?

「セシリアさん、私のこと覚えてるかしら?」

 あれ、あの、何で仲良く話してるんだ?

「おめぇら、今日は朝まで飲んで飲んで飲みまくるぞ!!」

「おうっ!!」

「いつものことじゃねーか!!」

「ほっとけー!!」

「え、あの、どーゆーこと…」

 みんな、騒いでるんだけど…。
 なんかオレだけ取り残されてないか?せめて誰か説明してってほしいんだけど…。
 だーれーかーオレの話をきけぇー。
 だって王女様じゃん。オレたち海賊じゃん。何で知り合いなのさ!
 …………。
 あ、置いていかれたし。

「ちょっ、おいっ!置いていくなぁっ!」



 王女様が「疲れたから」と言ってあてがわれた部屋に入ってからも、飲み会は終わらなかった。もっとも1回始まった飲み会はそう簡単には終わらない。その中でいつも最後まで元気なのが船長なんだけど…。

「…船長、つぶれてますね」

「めずらしいな。おいルーディス、おい」

 隣にいたガースさんが船長を起こす。船長の相手をまともにできるのはガースさんくらいだ。ほかの仲間だと、酔った船長に近づくのは自殺行為。亀の甲より年の功というか。ガースさんの方が年上だからできるんだろうなあ。

「…んー、寝る」

 完全につぶれてる。だめだ、こりゃ。

「よっぽど嬉しかったんだろうな、ルーディスは」

「どういうことですか」

「ん、お前は知らないんだったな」

「あーはい、そうですよ、なんかもうわけわかんないんですけど。な・ん・で船長が、よりによって船長が王女様と知り合いなんですか!」

 ここぞとばかりに言いつのる。

「そうだな、あれは6、7年前だったかな…」

「ちげーよ、6年8ヶ月と13日だ…」

 すかさず船長からの指摘。
 寝てんじゃなかったのかよ。……おまけに細かいし。

「…と、ともかくそれくらい前のことだ。まだ小さかったこの海賊団を有名にしようって、俺たちは1つの計画を立てたんだ…」

 つぶれた船長を尻目に、ガースさんは語り始めた。
 約7年前。そのころの海賊団は決まったアジトを持っていなかった。アジトを得るため、そして名をあげるため、ある計画を立てた。
 名づけて「別荘乗っ取り計画」 まんまだってツッコミは不可。不可だからな。名前付けたの船長だから。

「まー、あの頃からルーディスは無茶苦茶なことを考えるやつだったからなぁ」

 あごひげをなでながら、ガースさんはしみじみと語りだす。なんか渋くて格好いいぞ。

「失敗してたら俺たち全員生きてなかっただろうな」

 計画そのものは単純なもので、貴族の持っている離島の別荘を乗っ取って、そのままアジトにしてしまおうというものだった。  多々ある島の中から彼らが選んだのは、あろうことか王家の離宮の1つ。
 確かに成功すれば箔が付く。離宮なら常に人がいるわけではないから、あながち的外れな計画ではなかったわけだ。
 夏場を過ぎ、避暑の時期が過ぎた頃、計画は実行に移された。予想通り島は閑散としていて、乗っ取るのはさほど難しくなく、計画はいたって順調だった。
 ただ一つの出来事をのぞいて。

「あの時は、さすがに驚いたな。まさか王女が1人で残ってるとは思わなかったからな」

 他の王族はとっくに王宮に帰っていたのに、王女だけが一人離宮に残っていた。何故だかはわからないが、数人の侍女を連れただけで、護衛兵の大半を帰していたという。
 どうするか悩んだものの、しょうがないので王女とその侍女を人質にして、引き換えに離宮を要求することになった。  その時、王女は言った。

「人質ならわたくし1人で充分でしょう。侍女たちを開放しなさい。彼女達を傷つけることは許しません」

 毅然と言い放った。
 当時11歳だった王女に、みんなが気圧されていた。
 彼女は間違いなく気高い王女だったのだ。

「この船に乗ってる奴等は、ほとんどがその時からいる奴等だ。みんなお姫さんのことは知ってるのさ」

 …すっげえ王女様だ…。たかだか11歳だってのに。

「その時からさ、ルーディスがお姫さんに惚れてるのは」

 船長が王女様に惚れてる…?
 …………。
 ちょっと待てよ。7年前ってことは船長は22歳だろ。んでその時王女様は…11歳
 …………。
 ……ロリコン?

「…お前、今俺のことロリコンだと思っただろ」

「うわっ…」

 …寝てんじゃなかったのかよ。

「あー、とりあえず寝とけ、お前は」

 寝てるんだか寝てないんだかわからない船長をかついだガースさんの背中を見ながらオレは思った。
 …やっぱ、ロリコンだよな…。
 普通じゃないとは思ってたけど、こーゆー「普通じゃない」は嫌だなぁ…。


       ★☆★☆★


 翌朝、っていってもみんな昨日の夜は明け方まで騒いでたから昼に近いけど、オレに王女様と話す機会がやってきた。

「リセル、食事の後、茶の準備しとけよ」

 いきなり船長がわけのわからないことを言う。まあ、わけがわからないのはいつものことなんだけど。

「お茶ぁ?そんなもん、船長飲むんですか?」

「ばーか、ちげぇよ。セシリアのトコだよ。あー、ほら、この前かっぱらってきた品物の中に上等の茶葉があっただろ。それをだな、そのままにしとくのはもったいねーし…」

「ふーん…」

 なんとなくオレは船長が何をしたいのかわかった。いや、わからない方が不思議かも。
 こりゃ、そーとー重症だな。

「ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと準備しろ!!」

「うぃーっす!」

 余計なことは考えないようにしよう。ヘタなこと言ったら、こっちが殺される。
 …でも、紅茶なんてどうやっていれるんだ?誰もそんなもん飲まないから、オレは知らないぞ。
 考えていてもしょうが無いので、オレは素直に料理頭のカイさんの所に聞きに言った。事の顛末を話すと、カイさんは笑って教えてくれた。

「王女が紅茶好きだってのは意外と知られてないけど、僕たちはみんな知ってるからね。ルーディスは頑張って王女にいい所を見せたいんじゃない?」

「でも、それなら自分で行けばいいじゃないですか」

「ああ、恥ずかしいんじゃない?」

はづかしいっ?!

 あの船長に限って、それはないだろ。だって陸に上がると酒場に入りびたりで、そんでもって色っぽいおねーさんとか口説きまくって朝帰りしてくるんだぞ。それが王女様相手だと恥ずかしい?そんなの悪い冗談だ。いや、冗談にもならない。悪夢だ。

「マジっすか、それ…」

「それだけ本気なんじゃないの?」

 うーん、それにしては女遊びが激しいと思うんですけど。そーゆーもんなのかなあ。まったくもって大人の事情はわからない。  てなわけで、オレは王女様のところにお茶を持っていくことになった。


 あー、大丈夫かな。相手は王女様だし、オレ失礼なこと言ったりしないかな。礼儀作法なんて全然知らないし…。
 お茶はいれたものの、オレはなかなか王女様の部屋のドアを叩くことができなかった。
 だって緊張するし…。
 ハタから見るとかなりおかしい光景だっただろう。
 このままじゃお茶が冷めちゃうよな…。
 ……よし。
 コンコン……。
 覚悟を決めてオレはドアを叩いた。
 しばらく間があってから。

「どうぞ」

 凛とした声で返事があった。

「…あの、お茶を持ってきました」

「あら、ありがとう」

 うわっ…、笑った顔がすげえキレイだ。うーん、これなら船長が真剣になるのもわからなくもない。
 〈ウィンブリアの真珠姫〉
 そう褒め称えられるのがわかった気がする。

「初めて会いますね、わたくしはセシリア・ルイ・クレスト・ゲインズリア。あなたの名前を伺ってもよろしいかしら?」

「え、リセル、です。初めまして」

「リセル、わたくしの話相手になってくださらない?」

「オレが?」

「そう、ご迷惑かしら?」

 ぶんぶんと首を振る。
 でも、オレなんかが話相手でいいんだろうか。そもそもオレなんかと話が合うんだろうか。いや、オレが合わせるのか。
 よし、頑張ろう。
 よくわからない決意をする。

「リセルはいつからこの船にいるのですか?」

「あの、四年前からです、王女様」

 思わず固くなってしまったオレに、王女様は笑って言う。

「セシリア、と呼んでください」

 いや、それは無理です。そんな度胸はありません。

「えーと、セシリア、さま」

 …うー、笑ってこっちを見てる。

「…セシリア、さん」

「よろしい」

 し、心臓に悪いかも。いや、悪すぎ。

「一つ聞いてもいいですか?」

「何かしら?」

「どうして、この船に来たんですか?まさか船長に誘拐されたとか言いませんよね」

「まさか」

 ティーカップを手にとって答えてくれた。

「だって、面白そうだったんですもの

 ……へ?

「というのは冗談で、どうやって王都に帰るか悩んでいましたの。その時、修道院でルーディスと再会したのです」

 結構イイ性格してるな、この王女様…。
 にしても船を抜け出してどこに行ったのかと思っていたら、セシリアさんに会いにわざわざ修道院まで行ったのかよ。でもきっと地酒とかも飲んでたんだろうなぁ。
 ん?…げげっ…!

「どうかしましたか?」

「な、なんでもないです」

 ドアに背を向けているセシリアさんは気が付いていないけど、オレがいる位置からは、ドアの隙間から人影が見えた。
 …何やってるんですか、船長…。
 心配になって来たのか、それともセシリアさんと話をしたくて来たけどオレがいて入りにくいのか。
 どっちにしてもメチャクチャ怪しい。
 大の大人がコソコソとドアの隙間から中をのぞいているのを想像してほしい。怪しすぎる。
 …よし、船長のためにオレが一肌脱ごう。

「あの、セシリアさんの理想の結婚相手って、どんな感じですか?」

「理想の結婚相手、ですか?」

 ああっしまった!ちょっと唐突過ぎたかも!

「う、そのですね、えっと…」

 オレが一生懸命言い訳を考えている間、セシリアさんは片手を頬に当てて考え込んでいるようだった。

「あー、そのつまりですね…」

「年は5歳上まで」

「え?」

年下は不可。自分を飾らない人で、普通の職業の人

「へ、へぇ…」

 普通の職業の人か。…フツーねえ。
 あ、船長が灰になってる。
 確かに海賊団の船長ってのはどうあがいても「普通の職業」には入らない。そもそも11歳年上だから論外か。

「えーと、船長のこととか、どう思います?」

 あ、これもストレート過ぎかも。
 でもセシリアさんもストレートだった。

そろそろ結婚なさった方がよろしいと思いますけど」
 クリティカルヒット。

 灰になった船長が風に流されていく。
 …合掌。
 船長、あなたのことは忘れません。(死んでません)