AT THE END OF THE DAY.


例えば、日本古来の霊剣と言えば、「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」「天十拳剣(あめのとつかのつるぎ)」「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」の三振り。
どれも超伝説クラスの霊剣で、由来は日本神話まで遡る。
「天十拳剣」は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した剣だし、その八岐大蛇の尾から出てきたってのが「天叢雲剣」で三種の神器の一つだし、元は建御雷命(たけみかずちのみこと)の持ち物で神武天皇に与えられたのが「布都御魂剣」だ。
ちょっとしたマニアなら知ってるくらい有名だし、ゲームや漫画にも呆れるくらい登場するこれら。
現代では御神体として形代が神社で祭られてたりするけど、霊剣としての「本体」は何処に眠ってるんだろうか。

つまり俺が考えてるのは、どうにかしてスゴイ霊剣を手に入れることが出来たら、ちんたら術を使わなくても敵を倒せるんじゃないかってこと。
カヅキは咒も印も無く術を使う。俺はそんなカヅキの足元にも及ぶはずがなく、ついでに言えば早口も苦手で、どうしても咒を唱え始めてから術の発動までに時間がかかる。
そのタイムラグは時に致命的だし、この前もそれでカヅキに怒られたばっかりだ。
霊剣なら使うのに咒は要らないし、俺にピッタリかもしれない。

てなことをポロッと、迂闊にもカヅキの前で漏らしてしまい、目一杯罵倒された。

「いや、だからちょっと考えただけでさ、別にラクしようとかじゃなくて……」

「ふん、短絡思考が。だから貴様は何時まで経っても使えんのだ」

「ホント御免ってば。俺、ちゃんと修行するから!」

拝み倒す。
ここでカヅキに見捨てられたら、そりゃラクにはなるけど、それじゃ何時まで経っても本当に中途半端で半人前の使えない男止まりだ。

両手を合わせて頭を下げた俺に訪れるのは沈黙。
やっぱりカヅキの沈黙が一番居心地悪い。

遣り切れなくなって顔を上げると、カヅキは左手の中指でアゴに触れていた。
つつ、と細い指がそのラインを辿る。
じっと俺のコトを見ながら、それはそれでムズムズして落ち着かなくて。
カヅキの指は、数度往復する。
そうしてようやく指をアゴから離したカヅキは、両の手の平を胸の前で天に向けた。

「試してみるか?」

「は……?」

カヅキの手の上、ちょうど顔の前辺りの空間が歪む。
そのせいで、一時的に俺の視界からカヅキが消えた。
空間が元に戻った時、そのカヅキの手にあったモノ、それは。

「……霊剣・七枝刀(ななちさやのたち)、その三の枝だ」

その手に握られている太刀。
血の色をした柄に純白の鞘、金の装飾はえらく華美で、儀礼用の典雅な飾り太刀を思わせる。
長さは二メートル近くあり、刃渡りだけでゆうに一メートルを越えるだろう。
そんな長刀をカヅキは片手に持ち替え、俺へとその柄を差し出している。

「七枝刀って、数年前から協会が探してるって話じゃ……」

俺の呟きに、カヅキは意味有りげな笑みを深くするだけだった。

七枝刀は一本の剣だが、その形状は名の通り七つの枝に分かれたものである。
今から千数百年前、その力を恐れた時の権力者によって、七つに砕かれて何処かに封印されたと言う。
七枝刀の幹とも言える一の枝、分枝である二、四、七の枝は既に発見され、協会の管理下にあるらしいが、残りの三、五、六の枝は未だ発見されたという話を聞かない。
一から七の枝、全てを揃えてこそ本来の力を発揮するという代物だが、その一本一本に秘められた力も恐るべきものだとか。

これが本物の七枝刀の一部だとしたら、手に入れられたらスゴイんじゃないのか?

本物かどうかは、火を見るより明らか。
こうして前にしているだけで、物凄い圧迫感だ。
気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる。
ごくりと俺は生唾を飲み込んだ。

そろそろと両手を伸ばす。
カヅキはそれをじっと見つめている。

カヅキの手によって、俺に三の枝が授けられた。
まさにその瞬間。

「……ッ!」

俺の手の中で、刀は跡形も無く溶けて消えた。
まばたきする間も無く、本当に一瞬のことで。

「不合格、だ。残念だったな」

「きっ、消えたっ!カヅキ、何したんだよっ!」

慌てふためく俺の額に、カヅキはその空いた手で強烈なデコピンを食らわす。

「阿呆、貴様の霊力が足りんのだ。過ぎたるは及ばざるが如し。筋力の無い者がいきなり真剣を振るえるか?相応の力無くば、それを持つ資格など有るはずなかろう」

「くぅう……」

じんじんと痛みが響く額を押さえ、俺は呻く。
またしてもカヅキにやられた。

最初から、カヅキは俺に七枝刀の分枝を与える気なんか無かったに違いない。
俺が馬鹿のコトを言ってるから、手っ取り早く現実を教えたってことかよ。

「具現化の術を覚えることだ。そうすれば好きな武具を創生できるようになる」

「でもそれって難しいんだろ?俺に出来るかな」

「出来る出来ないではなく、やるかやらないかだ」

憮然とした俺の頭にカヅキは手を置く。

「私の知る限り、最も早い者は二ヶ月で修得したぞ」

そう言われたら、やるしかない。
道のりはかなり険しそうだけど。
嗚呼、俺って単純。

そういえばさっきの刀、本物であったことを疑う余地は無い。
けれど協会や能力者たちが血眼で探している代物、カヅキは一体何処からどうやって呼び寄せたんだ?

口を開く前にカヅキは俺に背を向けてしまい、結局それを聞く機会は失われてしまった。

そうして俺の元には渋い謎が残される。
だがしかし、「カヅキ」というより大きな謎に包まれてしまえば、その味は薄れ、段々と分からなくなった。