04.遊園地


「だから……何でアンタ達まで居るのよっ!!」

晴天の下、真幸の悲痛な声が響き渡った。

見事な秋晴れと言うのだろうか。
どうせならこんな天気の日にこそ運動会をやるべきだ。
いや、別に運動会でなくてもいい。
楽しいイベントに相応しい、そう、例えるならデート日和。

約束をした時から、真幸はこの日をずっと楽しみにしていた。
今日のデート資金の為に気に入らない仕事も引き受けたし、調子に乗って引き受けすぎて安い海外旅行なら出来そうな位稼いでしまったが、ともかく全ては今日の為。
誰に邪魔されることなく、遊園地で幸せな一日を過ごすはずだった。
それなのに。

「唯……な・ん・であなたが此処に居るのかなぁ?」

まず一番に真幸は傍らのツインテールの少女、久遠唯に問いかけた。

「だってぇ、真幸お姉さまがユイ以外の人とデートするなんてイヤだったんですぅ」

潤んだ瞳、しかも上目遣いで見られて、真幸は思わず怯んだ。
そう、女の子を泣かせてはいけない。
ちなみに今時珍しい唯のブリっ娘っぷりは全て地であり天然無自覚だ。

「いや、でも、私にもプライベートくらい認めてよ……」

女の子を泣かせてはいけない。
むしろ今泣きたいのは真幸の方。

溜息を一つ投げかけてから、今度は唯の隣の少年に向き直る。

「晃」

「はっ、はいぃいいっ!!」

「返答いかんで、殺す」

真幸の機嫌がえらく斜めなのを見て取って、斜めどころか垂直九十度もいいところで、皆川晃は悲鳴にも似た情けない声をあげた。
実際、今の真幸の視線を受けたら悪魔でも逃げ出すだろう。

「ごめんなさいごめんなさい許してください真幸センパイが今日デートだってユイから聞いたんでごめんなさいどうしても気になってそれでユイが気になるならついて来ればって言うからごめんなさいそしたらランス先輩もついて来るって言うか憑いてきたって言うかなんかもう大変……」

「あーもう、なんだかその怯えっぷりを見てると気持ちイイの通り越してむしろ憐れだわ」

再び、溜息。

「で、アンタは何しに来たのよ、ランス」

晃がその影に隠れようとして、やはり逃げようとした相手、ランスロット・ディアス。
逃げようとする晃の首根っこをしっかりつかんで離そうとしない。

「アキラが行くって聞いたから。でもデート相手っての、僕はてっきりセンセイだと思ってたよ」

自分より背の高い、だから見上げなければならないこの金髪碧眼の外人に向かって、またしても真幸は盛大に溜息をくれてやった。

「なんでわざわざ悠斗とこんなトコに来る必要性があるのか簡潔に述べて欲しいわね」

真幸の言葉にランスは外人らしく肩をすくめるジェスチャーで答えた。
アメリカ人がやりそうな仕草だが、真幸はランスが何処の出身で何処の国籍を持つのか聞いたことは無い。

「で、最後はアンタよ。このシスコン正義バカ」

びしっと人差し指を突きつけた相手はこれまた長身の男。
その高さはランスと同じくらいだが、こちらはれっきとした純血日本男児だ。
名を橘恭也と言う。
そして、あろうことか恭也は真幸と同じように人差し指を突きつけ返してきた。

「無礼な!!貴様のような輩と妹が共に出かけるとあっては心配するなという方が無理だろう!!」

「だ・か・らシスコンだって言われるんでしょうが!!大体十五にもになって一人歩きさせないなんてアンタの神経どうかしてんじゃないの!?」

遊園地に向かう人々は例外無くこの駅で降りる。
ただでさえ天気の良い休日で人出は多い。
イイ年した者同士が指を差しながら互いを罵り合っている様子は、早朝とは言えない時間帯の駅前でかなりの注目を集めていた。

「神城真幸、貴様とは一度決着を付ける必要がありそうだな!!」

「…………あの」

「ふんっ、上等ね。あとで吠え面かくのはアンタの方よ!!」

「…………あの」

「「五月蝿いっ!!」」

鬼すら怯む殺気のこもった視線で真幸と恭也に射られた少女は、びくりと身体を震わせてその場に立ち尽くした。

「「あ゛……」」

彼女の瞳にみるみる涙が溜まっていくのを見た二人の行動は素早かった。

「織江、すまんっ!!お前は何も……ぐふっ」

慌てて駆け寄る恭也を蹴り倒し、彼の妹、織江の肩に手を置いたのはもちろん真幸だ。
泣きそうな織江の顔を覗き込んで、精一杯優しい声をかける。

「ごめんね、織江。折角のデートだっていうのにイヤな思いさせちゃって」

その真幸の言葉に、織江はふるふると首を横に振った。

「真幸様……私、初めて真幸様と一緒に出かけるので緊張してしまって、それで、電車の乗り換えも苦手で、怖くてお兄様について来てくださいって……」

実際、彼女は最初からこの場に居た。
ただ小柄なので恭也の影にすっぽりと隠れてしまって、他の人間から気付かれていなかったのだ。

「いいのよ、あなたが無事にここに着いて良かった」

完全に二人の世界に入り込んでいる真幸の姿に、呆然とした顔が一つ。
晃だ。
そして不満気な顔が二つ。
恭也と唯だ。
残りのランスはいつもの通り、飄々としていた。

「神城!!いい加減に織江から離れんか!!」

「お姉さま!!ユイはお姉さまから離れませんわ!!」

「真幸センパ〜イ」

「……モテモテだね」

「だからアンタ達……さっきから五月蝿いって言ってるでしょうが!!」

こうして本日二度目の雷が召喚された。




織江の希望もあり、結局六人で遊園地へ赴くこととなった。
と言っても男三人のことなど真幸の眼中にあろうはずもなく、右手を織江と繋ぎ左腕に唯をぶら下げた真幸の後ろを、それぞれ複雑な表情の男性陣がついていったと言うのが正しい表現だった。
そして織江と唯のチケット代は真幸持ちだったのに対して、恭也・晃・ランスは各々自腹を切ったのは当然の結末。



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「……真幸様、あの、一緒にアレに乗っていただけますか?」

こっそりと真幸の耳元で織江が呟く。

「アレって、観覧車?」

「はい。実は乗ったことが無いんです」

はにかむ織江に、自然と真幸の表情も緩む。

「いいよ。でも本当に初めてなの?」

「お兄様が高所恐怖症だってので」

「ふぅ〜ん、そぉお。恭也が高所恐怖症ねぇ」

思わぬところで敵の弱点の情報を仕入れた真幸はほくそ笑んだ。

「真幸様?」

「え、あぁ、何でもない。じゃあ、行こう」

「はい!!」

二人の行く先に世界最大級の観覧車が待ち構えていた。