マニキュア


シャワーを浴びて戻ってきたセイが見たのは、おそらく部屋の片隅でうずくまっている私の姿だったと思う。
基本的に心配性な彼が内心慌てていただろうことは想像に難くなく。
実際に私がしていたことを見て、えらく間の抜けた顔をしたことは許容範囲。


「マニキュア……ですか」

「ううん、ペディキュア」

そう答えたら、セイは頭上に?マークを浮かべた。
ほんと、わかりやすい。

「そろそろサンダル履く時期じゃない」

足元まで綺麗に見せたいと思うのは女心。
口を動かしながら、同時に手も動かす。
透明なベースコートが完全に乾いたのを確認してから、丁寧に彩りを重ねていく。

「面白そうですね」

そんなことを言うものだから、思わず私は。

「セイもやってみる?」

と、聞いた。

「男がやっても気色悪いだけでしょう」

それは当然予測されていた反応。
けれど、次の行動は完全に予想外だった。

「な、何……?」

私の手の中の小さな刷毛は素早く奪い取られて、さらに足首を掴まれて塗りかけだった右足を持ち上げられた。
後ろに転がりそうになって、私はバランスを取る為に床に手をついた。

「男が自分の爪にマニキュアを塗ってたら気色悪いですけど、僕がまゆさんの爪を塗る分には問題ないでしょう?」

確かに問題は無いけれど?
基本的に心配性な彼は、妙なトコロで強気で。
そして、私よりも器用だったりするわけで。
セイの手の中で美しく仕上がっていくペディキュアに満足しつつも、この体勢はどうにも恥ずかしい。

「……楽しい?」

「えぇ」

その行為に熱中しているのか、言葉少なに、真剣な顔。
これではやめて欲しいとは言えない。
しばらくして右足の小指から左足の小指まで、綺麗なワインレッドに染められた。

「……上手ね」

「そうですか? 意外と難しいものですね」

私が自分でやるよりも、かなり綺麗に仕上がっている。

「乾かそっか」

取り出しますはミニ扇風機。

「……そんな物があるんですか」

セイが感心したように呟く。

「これで終わりですか?」

「んー……後はトップコート塗って……」

「あぁ、これですね」

私がしまったと思う前に、セイは目ざとくトップコートを見つけて取り上げた。

「これを上に重ねるんですか?」

「……もしかして、それもやるつもり……?」

「初志貫徹と言いますし」

そうして私の足先は美しく飾られて、女心は満足した。
……ハズ。


セイの性格を述べるのなら。
基本的に心配性。
けれど、たまーに強気。

しょうがないから、明日はサンダルを履いて出かけよう。