雨垂れ


 雨音は夜に響くが肝心の雨粒は見えない。 いくら目を凝らしてみても、ただ闇が広がるだけ。
 俺は雨ってヤツが嫌いだ。 時々海で遭遇する嵐も、煙る霧雨も。
 別に濡れるからだとか髪がまとまらないからって理由で雨が嫌いなわけじゃねぇが。 何故だろうな、好きにはなれそうにねぇ。
 ただ一つ。 例外としては静かな夜に降る雨は嫌いじゃない。 多分、彼女が好きだと言ったからだ。




「せーんーちょーっ!! いつまで寝てるんですか!?  今日は船出すって言ってたじゃないですか。 桟橋でガースさんが待ってますよ!!」

 あー……、ウルセエ……。

「ちょっと、フトンかけ直さないでくださいよ」

 頭まで引き上げたブランケットが、今度は足元の方へずり下がっていく。
 寒い。

「……っ馬鹿野郎!! リセル、お前は俺様に風邪引かせる気か!?」

 見当だけで足蹴りを放つがヤツに当たった感触は無い。
 クソ、外したか。

「何言ってるんです。 馬鹿は風邪引かないって昔から言うじゃありませんか」

「てめぇ、言うじゃねーか、コラ」

「それに、船長が寝込んだらみんな優しくしてくれますって」

 ……そうか?  あんまり優しくされた記憶は無いぞ。 前に風邪引いた時は散々な目にあったし。
 まずはメリア。 一日に何度も来ては好きな事を一方的に話していきやがる。 あの小娘、甲高い声してるもんだから寝込んでる時はかなり辛い。 二日酔いの日なんか、わざと会わないようにしてる。 にしてもあれだけ一緒に居て風邪が移らないんだから不思議なもんだ。
 次はメリアの親父で俺の片腕、ガース。 「風邪には卵酒」とか言ってわざわざ持って来るのはいいんだが、ありゃあ鍋に一杯も二杯も飲むもんじゃねぇだろ。
 他にもカイは野菜ばっか食わせようとするし、俺の鼻をつまんで無理矢理苦い薬を適量の二倍流し込んだのはマダム・ノーラだった。 病人の俺の部屋で宴会始める馬鹿共も居たな、そういや。 風邪が治った後にシメてやったが。

「どうしたんですか? 急に黙りこくって」

「いや……、優しさにも色々な形があるもんだって思ってなぁ」

「はぁ? どうでもいいから起きてください。ガースさんが待ってますから」

 起き上がって窓の外を覗いてみると、空の端が明るくなりはじめていた。

「船長の嫌いな雨、もうすぐ上がりそうですよ」

「まぁ、雨垂れの音は嫌いじゃねぇけどな」

「んじゃ、目閉じて音だけ聞いててください」

 かわいくねぇガキだな、ほんと。


「なぁ、ガース。最近、アイツ可愛くねぇと思わねぇか?」

「リセルか? そりゃあ、毎日お前にいじられれば強くもなるだろうよ」

 ったく、お前は誰の味方なんだよ。




 闇の中で耳を澄ましてみる。
 君の声はまだ聞こえないけれど、耳に届くのは優しい雨音。