欠けた左手


私立聖稜学園高等部生徒会直属、心霊現象その他超常現象に関する分析及び処理委員会。
委員長:三年二組、神城真幸。
委員:一年五組、皆川晃他若干名。
顧問:古典教師、八嶋悠斗。
主な活動内容:心霊写真の鑑定、校内の心霊現象の解決etc...

この心霊対策委員会。
全生徒の代表である生徒会の公認ではあるが、構成メンバー達はあまりそれを認めたがらない。
早い話、周りがなんとなくそういう風に祭り上げているだけ……とも言える。



「まっ、真幸センパ〜イ……」

彼らの溜まり場である第二進路指導室に晃の情けない声が響いたのは、夏休みを控えた期末試験の休み明けの登校日だった。

「ウザい。暑苦しい。どっか行け」

自称「真幸の一番弟子」晃のどこか切実な嘆きもなんのその、真幸はアッサリと切り捨てた。
冷房の効き過ぎた部屋でセーターを着て、冷たいアイスを頬張る。
なんとも贅沢な、というより無駄な行為だ。

「そんなこと言わないでくださいよ〜。これ、また撮っちゃったんですよ、心霊写真」

茶封筒の中に大量に入っている写真。
そのうちの何枚かを取り出して、晃は真幸の目の前に突きつける。

「中々良く撮れてるじゃない」

「そうじゃなくて!!」

「この二年の女子、可愛いわね。私に紹介しない?」

ちなみに真幸は女尊男卑主義者だったりする。

「だいたい、いい加減に自分で撮った心霊写真くらい自分で処理できるようになりなさいよ」

「いや、無理っス」

無意味な所で自信たっぷりの晃。
呆れたのか、それともどうでもいいのか、おそらく後者の真幸は再びアイスの方に意識を向けた。

「これ、俺の左手だけ全部消えてるんですよ。どうなんですかね」

追いすがるように横を向いた真幸の前に滑り込む。
あからさまに嫌そうな顔をする真幸。

「知らないわよ。とりあえず左手にでも気を付けたら?」

「そんなこと言わないでくださいよ。これ撮った次の日から毎日金縛りにあって、睡眠不足なんですよ」

「あんたの睡眠不足は私に関係無いし」

ある意味至極もっともな意見に、晃は言葉に詰まった。

「あ、学食の自販機でアイスコーヒー買ってきてくれない?」

「……何でわざわざ遠いトコに買いに行かなきゃならないんですか」

「あんた、私の下僕でしょうが。コーヒーはそこにしか売ってないの。わかったら早く行ってくれない?」

弟子と下僕は違う、と晃は言いたかったのだが、そんなことを真幸が聞き入れてくれるとも思えず。
結局しょんぼりと肩を落としながら部屋を出て行った。
もちろん言われた通りにコーヒーを買いに行くのだ。
そして当然のように晃の自腹で。



ドアが閉まり、廊下の足音が遠くなるのを聞きながら真幸は写真を一枚手に取った。
それはもっとも良く撮れている、晃の左手が欠けた写真。
アイスをくわえたまま、真幸はそれを食い入るように見つめる。

(ほんと、モノノケに好かれやすい性質なんだから……)

あまりお得とは言えない体質だ。
自分で処理できるならいざしらず、ほとんど自力ではどうしようもないのだから。
呆れて物も言えない。

(霊感強いだけで全然使えないし……)

(キリスト教徒だし……)

(馬鹿でミーハーだし……)

ガラリ、とドアが開けられた。
開けたのは古典教師の悠斗で、真幸の理解者と言うか半保護者と言うかパートナーと言うか。
霊能者としては真幸よりも実力は上だったりする。

「あれ、真幸。来てたの?」

「進路指導だって呼び出したのはあんたでしょうが」

食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に捨てる。

「そうなんだけどね。はい」

と言って差し出されたのは缶コーヒー。

「ありがと。よく私がコーヒー欲しいってわかったわね」

「以心伝心ってヤツじゃない?」

「……単に付き合いが長いからでしょ」

「まぁね。……何これ、また皆川がやっちゃったの?」

悠斗は机の上に広げられた心霊写真に目線を落とす。
その口調はどこか呆れたようなもの。

「やっちゃったのよ。ったくあの馬鹿、なんでわざわざ心霊スポットに行くかなぁ?」

晃含む写真部員がY県の某心霊スポットに一泊二日の小合宿を決行したことは校内ではわりと有名な話。
そしてそこでの心霊写真を新聞部が楽しみに待っているのだ。
おそらく一学期最終日あたりに「夏本番・心霊写真特集」などという見出しの号外が出ることだろう。

「で、どうするのさ」

「ほっといてもいいんだけどね。コーヒー買いに行かせちゃったから、応急処置くらいしてやろうかと」

悠斗の買ってきたコーヒーを開けて、それに口をつける。
口の中に広がる苦味が堪らない。

「……最近、ずいぶん皆川に優しいね」

どこか黒い気配を撒き散らす悠斗。

「……後輩ニ親切ニスルノハ上級生ノ義務デスカラ」

にっこり笑いながら白々しい言葉を述べる真幸。

悠斗の呪詛と真幸の黒魔術。
お互いに術をかける一歩手前の臨戦体勢。
その気配に、例え隣に鬼が居たとしても全力で逃げ出しただろう。
進路指導室のドアに手をかけていた晃は、その証拠(?)としてそのままの姿勢で固まっていた。

(何かがっ……何かの気配が俺の行く手を阻む……っ!!)

しばらくして意を決しドアを開けた晃が見たのは、ライターで写真に火を点けている悠人と、写真部と新聞部宛の請求書を書いている真幸の姿だった。

「……先輩……?」

「コーヒー、そこに置いといて。とりあえず写真を片付けちゃうから」

「あっ、ありがとうございます〜!!!!!!」

と、叫びながら抱きつこうとする晃を真幸はさっと横に避けて。

「……いってぇ〜〜〜〜っ!!!!!!」

「悪い、皆川」

転んだ晃の左手は、思いっきり悠斗に踏んづけられた。

「…………まぁ、左手には要注意、ね」

写真の中で晃の左手を握っている少女を霊視しながら、真幸はポツリと呟いた。



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私立聖稜学園高等部生徒会直属、心霊現象その他超常現象に関する分析及び処理委員会。
通称心霊対策委員会。
全生徒の代表である生徒会の公認ではあるが、構成メンバー達はあまりそれを認めたがらない。
早い話、周りがなんとなくそういう風に祭り上げているだけ……とも言える。

さて、この委員会。
主な活動内容は心霊写真の鑑定、校内の心霊現象の解決。
果ては体育嫌いの生徒の為の雨乞い祈祷に匿名生徒からのムカツク教師への呪詛などなど。
まさに地獄の沙汰も金次第。
委員長以下構成メンバー、顧問に至るまでかなりの曲者ぞろい。

それでも彼らは学園のアイドル…………のようなもの。
その証拠に、心霊写真以上の高額で彼ら(晃を除く)の写真は取引されているのだ。