ベネチアングラス


真幸の部屋には、ペアの青いベネチアングラスが並んでいる。


基本的に真幸の部屋は低い家具ばかりですっきりして見える。

滅多にしない勉強はリビングのテーブルでするので、部屋には勉強机は無い。
服は作り付けのクローゼットの中で、細々としたものは小さいチェストの中に押し込んである。
窓際の背の低い幅広のシェルフは本棚とCDラックを兼ねている。
見かけは整理されて綺麗に並んでいるが、実はジャンルごちゃ混ぜなので、目当ての物が探しにくいのはご愛嬌。
床はフローリング、白い壁、そこに立てかけられた大きなコルクボード。
ポストカードや自分で撮った風景写真をピンで留めてある。

真幸はベッドの上に座り込んで、部屋の中を見回した。
意図せずに左手はゆっくりとアゴのラインをなぞっているが、それが考え事をしている時の自身の癖だと気付いたのは最近のことだ。

『真幸ちゃんの好きな人と一緒に使うといいわ』

そう言って真幸にグラスをくれたのは、能力者仲間の宇多川由紀だった。
新婚旅行で行ったイタリアのお土産らしい。
現在、彼女は愛しのダーリンとハネムーンベイビーとの三人暮らしで、主婦と能力者の二束のわらじを穿いている。

「……そもそも、そんなに実用的なグラスじゃないわよ、うん」

好きな人云々は別にしておいて。
しばらくの間は飾られるだけのようだ。


グラスの縁を弾くと、グラスの色に似た澄んだ音が部屋に響いた。

一対の青いベネチアングラスは今日も揃って窓際の棚に並んでいる。