洗濯物日和


手を伸ばしてベッドサイドのテーブルに乗せた煙草を取った。
暗闇の中に小さな赤い火が一瞬浮かぶ。

「……戒人?」

「あ、悪い。起こした?」

半分閉じたような目で女が俺の方を見上げていた。
眠いんだったら寝てればイイのに。
そっちの方が面倒が無くて良かった。

「何? どこか行くの?」

不安そうな目。
それだよ、俺が嫌いなのは。

相手が起きてるなら物音を気にする必要も無い。
俺はベッドから抜け出して、落ちていたシャツを拾い上げてボタンを留めていく。

「帰る」

俺は短く告げた。
すると彼女は上体を起こして俺のシャツの裾をつかんだ。

「何で? 外、雨降ってるし……」

「あぁ。雨は嫌いじゃないから問題無い」

ついでに言えば彼女のことも嫌いではない。
それなりに美人だし、ベッドでの相性も悪くないし。
けれど、コトが終わった後に一緒に居たくない。

「アタシ、何か戒人の嫌がることした?」

「別にそんなことないよ」

「じゃあ、どうして……。アタシ、戒人のこと本気なのに」

だからだって言ったら、この女は理解してくれるだろうか。
相手に本気になられればなられる程、俺は一人で冷めていく。
生まれつきの性質なのかな。

「他に好きなコでも出来た? アタシのこと、嫌いになったの?」

「俺が本気になるヤツなんか居ないよ」

部屋の中が暗くてベルトが見つからない。
まぁ、いいか。
なくなっても大して困るわけでもないし。

煙草の灰が落ちそうになって、俺は慌てて灰皿にそれを落とした。
その腕を彼女の手がつかむ。

「離せよ」

言葉をぶつけたら、おとなしくその手を緩めた。

「……ねぇ、アタシの名前、覚えてる?」

そんなことを聞いてくるから。

「悪けど、覚えてない」

史上最悪に冷たい言葉を最後にプレゼントした。


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マンションを出たら、外は大雨だった。

「It rains cats and dogs ……」

そこに、カサも差さずに身を投げ出す。
全身を強く打つ大きな雨粒。
名前も覚えなかった女の残り香を洗い流してくれる。

「洗濯日和ってヤツかな」

それとも命の洗濯か。