オレンジ色の猫
それは雨の降る日の出来事。
こんな日に来客というのは珍しいもので、そもそも彼が雨の日に外に出ることがあったのかと僕は少々面食らったのだが。
そう、確かに僕の部屋の呼鈴は彼によって鳴らされたのだ。
「……こんにちは」
ドアを開けると、そこには憮然とした表情で朱雀は立っていた。
あまりに不機嫌なのがありありと見て取れ、思わず半歩退いてしまったらもう遅かった。
朱雀はドアのこちら側に身を滑り込ませ、さっさと靴を脱ぎはじめる。
ただでさえ狭い玄関の隅に追いやられながら、僕は仕方なく元通りに鍵をかけた。
ちなみに防犯用の2ロック。
あまり役には立たないのかもしれないが。
「えぇと、何か用事でも?」
堂々と他人の部屋に上がり込む朱雀の後を追って尋ねる。
用事が無いなら来ないで欲しい、せめて前以て連絡してくれというのは当然の本音だったりするわけで。
「用事はある」
彼は急に振り向いた。
……にゃー……。
「……猫?」
目の前に突き付けられたのは茶色の、というよりオレンジ色のような毛の子猫だった。
見たところ、生後一ヶ月かそこら。
片手に乗るくらいのサイズだ。
「赤・黒・白の順に美味いと聞いた」
それはその、確か犬の話だったと記憶している。
「って、食べる気ですか!?」
「道路の脇に落ちていた」
「落ちてるモノは食べちゃ駄目って教わったでしょう!?」
鳴呼、神様。
この非常識人間にどうか常識の欠片を与えて下さい。
……じゃない。
そこ、視線で所有権を主張しないで。
「朱雀、猫は食用に向きません。諦めて下さい」
なんでも臭いが強烈でとても食べられたモンじゃないらしい。
あきらかに不機嫌な顔をした朱雀は「つまらん」と呟いて、子猫を僕の手の上に乗せた。
雨の中にいた割には意外と濡れていない。
「この子、どうするんですか?」
「やる。煮るなり焼くなり好きにしろ」
だから食べられませんって。
小さな命の鼓動を感じながら。
恵みの雨は降り続く。