踏切


カンカンカン……


下りた踏切の遮断機の向こう側からこっちにむかって大きく手を振っている後輩の姿を見て、神城真幸は大きくため息をついて天を仰いだ。

「真幸お姉さまぁ〜、早く〜☆」

向こうに見えるのは、真幸よりも二学年下の久遠唯だ。
カールをかけたツインテールがぴょんぴょんと揺れている。
小柄だが、髪型さえ見えれば五十メートル先からでも判別可能。

(いや、私……踏切無視はしないから)

そんなことを唯のように叫ぶつもりはさらさら無く。
学校に向かう同じ制服の生徒達の中で真幸は力無く手を振り返した。
家が反対方向なこともあり、この通学路は普段使っていないのでなんだか周囲の顔ぶれが新鮮だ。
そして、その視線が痛い。

唯は学校の近くのとある大きな寺の一人娘で能力者でもある。
そして例によって例の如く、心霊対策委員会のメンバーだったりする。
平均的な霊力と除霊技能を持ち合わせていて、真幸に言わせれば「自称真幸の一番弟子」の晃よりよっぽど使える人間ではあるのだが。

(基本的にイイ子なんだけどなー……)

なんというか、真面目に付き合うとえらく疲れる人種というやつだ。
自分を慕ってくれるのは嬉しいことだが、物事には限度というものがある。
しかし女の子を無下に扱うことなんて出来るはずが無い。
真幸は女尊男卑をモットーとしているのだから。

(なんで私の周りにはこんな奴らばっか集まってくるのかしら)

古人曰く、類は友を呼ぶ。

と、傍らに気配を感じた。
視線をそこに移すと、小学生くらいの男の子が真幸のスカートを握っていた。

(あー……やっちゃった)

正確に言えば、小学生くらいの男の子の霊体。
無数に居る浮幽霊や地縛霊と関わらないように、普段はわざと波長を合わせないようにしている。
けれど稀に無条件に波長が合ってしまうことがある。

『ままガ、居ナイノ。オ姉チャン、知ラナイ?』

(……君のママはここには居ない。君も、こんな所に居ちゃ駄目だよ)

自分が死んだことを理解していないのか。
真幸は少年に「道」を示した。

(行きなさい。ママが待ってる)

『……ウン。ばいばい』

少年は握っていたスカートを離して、踏み切りの向こうに駆けて行った。
目の前を電車が通り過ぎて、踏み切りが開いた後には少年の姿は何処にも無かった。

「お姉さま、今……」

珍しく唯が神妙な顔をしていた。

「半年前くらい、かな。ここの踏切で事故があって、男の子が亡くなってるんです」

さっさと歩き出す真幸を追って、唯が小走りに寄って来る。
歩きながら唯はあれこれと一方的に話し続ける。

「ずっと上げてあげたいと思ってたんですけど、ユイには無理だったんですよぉ。お姉さま、凄いです!!」

「……興味ないよ」

あくびを一つ。
実は前夜、唯の家に泊まっていてロクに眠っていない。
眠らせてもらえなかったというのが正しい。
そこにきて今の除霊作業。
眠気はピークだ。

「え、お姉さま、何処行くんですか?」

「…………帰る。唯はちゃんと授業受けなさいよ。じゃあね」

校門の前を素通りして、登校してくる生徒達の間を逆に進む。

「お姉さまってばぁ〜!!」




この世とあの世の境界というやつは、意外と平凡な場所にある。

人はそれに気付かずに過ごしているだけ。

それに気付いてしまうことが、幸せかどうかはわからないけれど。