砂礫王国


 軍がクーデターを起こしたのが2年前。議会政治を廃し正統なる皇家復興を謳ったその事件の結果、誕生したのは血生臭い足元で固められた幼い傀儡皇帝であった。



「……大佐、どうなさいました?」

「なんでもない」

 彼女は息をついた。窓ガラスの向こう側には夜の街と闇を裂くサーチライト。そこに映る美しく整った顔には疲労の色が見て取れる。どちらかを見たくなかったのか、もしくは両方か、彼女、フィオリールはブラインドを下ろして防弾仕様のそれを完全に覆い隠した。

 頭の後ろのピンを外すと、白金色の髪が黒い軍服の背に広がる。フィオリールはゆったりとした執務椅子に座り、服の首元を緩めた。

「大佐、現在までの各基地のドール配備状況とプログラミング進行状況の報告が届いています。お疲れとは思いますが……」

「その報告書を読んだら休む。マナミ、君こそ休んだほうが良い」

 名前を呼んで休息を勧めるが、きちっと制服をまとったままのマナミは申し訳なさそうに書類の束を差し出した。フィオリールは苦笑すると、その束を受け取って一枚一枚目を通す。

「……この調子なら、今月末には国内全ての基地に配備できるな」

 感心したように呟く。

「はい。ですが、装備パーツの開発がスケジュールよりも進行が遅れています。再度、天河博士に協力を要請しますか?」

 部下の口から昔の友人の名が飛び出て、フィオリールはかすかに表情を曇らせた。

「要請したところで、アイツが素直に応じるとは思えないな。弱みでも握れば別だが。それに……」

 と、室内に無粋な電子音が響く。マナミが通信機のスイッチを入れると、画面には敬礼した兵士の姿が映った。

『お休みのところ申し訳ありません、大佐』

「いや、侵入者は捕らえたか?」

『それが、その……』

 言葉を濁す兵士を視線で促す。

『追跡に出した部隊が全滅したと』

「何だと!?」

 耳を疑う。

 数時間前、施設への侵入者を追跡するために出動させた部隊は正規の訓練を受けた軍人であって、たかが数人のゲリラ兵を捕まえることなど容易いと思っていた。

 しかし。

「確かに全滅なのか?」

『は、はい。侵入者5名のうち4名は射殺しましたが、残りの1名の行方は』

 兵士の言葉が彼女を激昂させる。

「馬鹿者!誰が射殺命令を出した!私は捕らえろとだけ言ったはずだ!」

『しかし、ディラール中佐が……』

「今から指令室に行く。そこにディラール中佐も呼び出しておけ」

 そこで画面はブラックアウト。報告書を机の上に置いて、フィオリールは立ち上がった。あわただしく部屋を出る上官の後を追ってマナミは尋ねた。

「……『それに』、何ですか?」

「ああ、さっきの続きか。『それに、私はドールの実戦投入には賛成ではない』と言おうと思った」

 廊下にカツカツとブーツの音が響く。

「パイロットの代わりのマリオネット。兵士の変わりのエンジェル。そのうち軍隊に人間が要らなくなる……」

 人形が人間を殺す。幼い皇帝は操り人形。必要なのは一部のパペットマスター。

 軍隊だけじゃなくて、国民そのものもいらなくなるかもしれない。

 フィオリールはその言葉を飲み込んだ。

「まるで砂上の楼閣……いや、砂の王国だ」

 いくら足元を固めようと思っても。

 ぽつりとこぼれたフィオリールの言葉はマナミの耳にも届いていたが、あえてマナミは何も言わずにいた。



 夜明けが近いのか、それともそんなものは訪れないのか

 それは誰にもわからない。

 ただ、深夜の街、サーチライトが空を照らしているだけ。