真昼の月


金 襴 緞 子 を そ の 身 に ま と い し ゃ な り し ゃ な り と 歩 き よ る
御 寮 よ 御 寮 花 嫁 御 寮
そ な た は 何 ゆ え 泪 を こ ぼ す ?



暗い暗いトンネルを抜け、目を開けたとき、其処は見覚えのある場所だった。
舗装されていない、けれど踏みしめられた固い土の道は目抜き通り。
正面には朱塗りの朱雀門、右手側にはいわゆる左京の、左手側には右京の街並みが広がっている。
呆然と立ち尽くす彼女の傍らを、子供達が笑い声を上げて走っていった。

行き交う人々は日本人らしき黒髪の者が多いが、光をはらんで輝く金髪や、現し世には無い深い紅色の髪の者も居る。
彼らに共通していることと言えば、皆一様に、一本か二本の角を頭頂部や側頭部に持っていることだろうか。
色は青色が多く、稀に赤色のそれが髪の間からのぞいている。
身にまとう物も様々で、概ね和服と言えるか言えないか。
着流しであったり、時代を上がった水干や狩衣のような格好をしている者も見える。
どの装いであっても言えることは、一本角の者よりも二本角の者の方がきちんとした格好ということだ。

何故、自分はこの場に居るのだろう。
立ち尽くしたまま、彼女は思った。
これは夢か?
けれどそれを彼女の本能が否定する。
夢には様々な形態があるので、一概にそれを否定することは出来ないが。
意識を跳ばそうとしても叶わず、また動こうとしても周囲の空気が重過ぎてままならない。

一体どうしたものか、そう思いながら目を閉じる。
次にその目を開いた時には、まるで映画のフィルムの如く、周囲の景色は切り替わっていた。
彼女は風の吹き荒れる中空に居て、眼下には都が広がっている。
両手を広げれば、すっぽりと街全体が腕の中に納まってしまいそうだ。

目を閉じて、開き、また閉じて、そして開く。
光景は切り替わっていき、新たな場面を彼女に突きつける。
それに抗うこともせず、彼女は悟る。
つまり、これは自分の夢ではない。
誰かが白昼にかいま見る夢に紛れ込んだか、あるいはその誰かに誘われたのか。
それは判らないが、自分の意識は身体とはどこか違う処に遊離しているのだろう。
そう考えられたならば、焦る気持ちは特に浮かんでは来ない。
何者かの悪意があってのことではなく、むしろ己に必要である通過儀礼であるかもしれないのだから。

最後に目を開けた時、其処もやはり見覚えのある場所であり、彼女は揺らぎも無く水面に立っていた。
天井は見えないほど高く、在るべきはずの岩壁はどちらを見ても遠い。
人工の地底湖に浮かぶのは、淡く輝く赤・青・白色の花蓮、そして橙色の光を放つ灯籠。
そんなものは無くても、其処は明るい。
蓮と灯籠の間をぬうように伸びた太鼓橋は幅広く、中之島まで続いていた。
島には東屋があって、何重もの薄布で覆われていて、その中を知ることは出来ない。
ただ灯りに揺らめく影があることで、中に人が居ることが知れた。

橋の上を、一人の男に手を引かれた女がゆっくりと進んでいく。
金襴緞子を身にまとった女は、花嫁であろう。
長く伸ばした髪には金銀のかんざし、鮮やかな紅を引いているのは見えるのに、顔だけは判らなかった。

『……貴人よ、何故、そなたは泣くのだ?』

女に問うのは青蓮鬼王、藍色の衣に藍色の四本角、それはまるで冠のよう。
絢爛豪華な礼装をも堂々と着こなす彼は、もはや「彼」以外の何者でもない。
ならば、いまだ姿の見えぬ東屋の影は、紅蓮鬼神に違いない。
それ以外には在り得ないのが、この世の慣わし。
神の花嫁に奉げられるのは、何時の世であっても「人」、それが白蓮貴人。

『そなたには、永久にわかるまい』

言葉は、彼女と女の口唇から同時に零れる。
何者かの夢はそこで途切れ、彼女の意識は闇へ沈んだ。



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真っ白なシーツの中で肌寒さを感じ、おもむろに真幸は目を覚ました。
傍らに温もりを求めようとしてもそれは叶わず。

ただ、むき出しの肩に、一匹の銀色の蝶が留まっていた。



花 嫁 御 寮 は 何 故 泣 く の だ ろ う ?
永 久 の 別 れ で も あ る ま い に … …