メモリーカード
問:対・自称宇宙人防御策は?
答:逃げる、もしくは慣れろ。
平穏だったアタシの日常は終わりを告げ、非日常的な日常が始まりつつある。
非日常的であったとしてもそれが毎日続けばすでに日常であるわけで、
とどのつまりはこの奇妙な生活に慣れ始めているアタシ自身が1番イヤ。
ほんと、マジで。
そろそろ甘い卵焼きにも飽きてきた。
明日の朝はゆでたまごにして、と前夜に言っておいたにも関わらず、
母さんはやはり甘い卵焼きを作ってくださりやがった。
これはつまり、ヤツが設定した行動パターン、思考ルーチンにはまっているということ?
ヤツが現れる前と後では、微妙に世界構成が異なっている。
この歪みは広がるだけで、収縮することはないのだろうか。
「アハハ、何ガラでもないこと考えてるのさ、サヤカ」
そう。
こいつがアタシの頭痛の種。
自称宇宙人のキョウとかいうヤツ。
多分偽名。
「あー、偽名っていうか、地球人の器官じゃ発音出来ないんだよね、ボクの名前」
ほんと、ベタねぇ。
「何、言ってみなさいよ、アンタの本名。1度くらい宇宙人の言葉ってやつを聞いてみたいもんだわ」
するとコイツは肩をすくめて笑うだけで、答えようとはしなかった。
なんていうか、今日の高い青空との相乗効果で爽やかっぷりが当社比1.8倍。
「地球人との異文化交流ってやつには個人的に非常に興味がある。
でも個体間での交流はおろか、そもそも地球人との接触すら認められてないからね。
不用意にサヤカをボクらの文化に触れさせるわけにはいかないんだ」
なんか喋り方がセールスマンっぽいですよ、宇宙人。
「そーゆーサヤカの感じ方、面白いから好きだよ」
「ありがと。なんで接触しちゃ駄目なの?」
「地球はね、銀河系条約第1783号41条13項に基づいて環境文明保護惑星に指定されてるんだ」
「まぁ、保護されてるんなら植民地にされるよりマシね」
貴様ら何様のつもりだよって感じですけど。
でも多分、科学技術とかは比べ物にならないんだろうな。
アタシ達は太陽系を抜け出すのにも何年何十年かかっちゃうんだから。
「地球程度なら、武力支配するの簡単?」
「悪いけど、そうだね」
やっぱりね。
「じゃあさ、わざわざ何しに地球まで来たの?」
植民地化が目的じゃないなら、観察?
「うん。そんなとこかな。
ボクがここで見た事、聞いた事、体験した事の全てがボクの頭の中の記憶装置に記録されてる」
「記憶装置?」
「うん。ボクらはメモリーカードって呼んでる」
プレステかい、貴様の頭は。
心の中のツッコミは横に置いといて。
胡散臭いコイツの爽やかな笑顔を見たところ、しっかり伝わってるみたいなんだけど。
まぁ、いいか。
「こうやって話してること全部、データとしてココに蓄積されて記録されるんだよ。
過去の貴重な記録として」
人差し指でこめかみの辺りを示す。
「未来への遺産だ」
……キャラ変わったネ、宇宙人。
「ボクも勉強してるんだよ」
確かに。
もう走るときに耳から煙は出てないし、謎の人と交信してないし。
私の精神衛生上、大変ありがたい。
髪が白くて目が紫なのを除けば一般的な高校生に見えなくもないかな。
「でもやっぱ違和感はあるんだよね」
ポツリと呟くと、コイツは律義に回答をくれる。
「歪みの中心はボクで、そこに一番近いのがサヤカだからね。
仕方ないよ。ま、もうすぐ帰るからそれまで我慢してくれるかな」
ん?
「えぇっ!!帰っちゃうの!!」
「うん。視察期間は地球時間の今週日曜までだから」
日曜っていうと大河ドラマの日だから、あと2日しかないじゃない!!
いきなり頭の中がパニック状態。
いや、別にアタシが焦ることじゃないじゃん。
そうだよ、うん。
「見送りとか、しようか。いや、する」
是非ともこの機会に宇宙船を拝ませてもらおうじゃないか!!
こんなチャンスは二度と無いと断言できるもん。
「サヤカ、下心丸見えっていうか筒抜け」
「いーじゃん、別に。どうせアタシの考えてることなんて全部お見通しなんだから」
余計なコトを考えるなって言われても無理な話だし。
もともとアタシはこーゆー性格なんだから仕方ないっしょ。
「一生のお願い!! 宇宙船見せて!!」
この際コイツの出身がM78星雲だったとしても構わない。
不用意に異文化に接触させられないとか、そんなコト知ったこっちゃない。
一生に一度、あるか無いかのチャンスを無駄にするもんですか。
「いや、それはちょっと……」
「そこを何とか。アタシとアンタの仲じゃない」
どんな仲だ、とか聞かれるとかなり困るけど。
「どんな仲なのさ」
「そんなの知らない」
だから本当に聞き返すなっての。
「船を見たら、ボクはサヤカの記憶を全部消さなきゃならなくなるよ?
そうしないとボクが罰せられるし。それでもいいの?」
ちょっとマジな顔をするもんだから、アタシも思わず真面目モードに思考チェンジ。
…………………………。
……あんまり変わらないか。
「ボク達の文明、いわゆるオーバーテクノロジーに触れてしまったら、最悪サヤカは処分対象になるんだよ?
記憶の抹消だけじゃない。存在そのもののデリート。そんなの、イヤだろ?」
そりゃあ、イヤですよ。
でもさ、アタシって人一倍好奇心旺盛なんですよ。
ご存知?
「……知ってる」
ため息。
「さあ!! 見せるの? 見せないの? はっきりしなさいな!!」
「わ、ちょっ、乱暴は……」
むんずと学ランを引っ張って、これでもかってくらいにがくがくと前後に揺さぶる。
「首が……」
首?
ごろん。
と、何かが床に落ちる。
「……急造品だから、接触が悪くって」
「それ」と視線が合った。
紫色の目。
「……うひゃぁぁあああっっっっ!!!!」
「だから言ったのに……」
いや、言ってない。
言ってないから。
アンタは最後まで言わなかったでしょうが!!
前言撤回。
アンタ、やっぱ普通の高校生になんて見えないから!!
「……これで、サヤカの記憶抹消は決定だね」
「不可抗力よ!!」
「まぁ、サヤカが忘れちゃってもボクの記憶装置に記録されてるから」
「アタシの頭ん中には残らない!!」
自分の頭を両腕で抱えた宇宙人は、なんだか淋しそうに笑っていた。