スカート


街を歩く時、膝の辺りで軽やかに翻る華やかなスカートの裾。

羨ましいと思ったことが無いと言えば嘘になる。

それが自分にはあまり縁の無い世界だということは理解していた。

そんなことにかまけているヒマも生憎無かった。



+++++



遊んでいられるほどの余裕は無かったし、努力を必要としない程の才能も持ち合わせていない。
中央に行きたいという気持ちはいつも心にあって、その為に選べる道というのは多くは無かった。
機能性を重視した格好でショーウィンドの前を通り過ぎ、夜はベッドの中で本を読んだ。

自分が置かれているような境遇にある人間が中央に行くには、いくつかの方法がある。
ひとつは中央にある国の機関あるいは学校に所属すること。
だが、それには難関試験を突破しなくてはならない。
ひとつは中央に住む貴族や高級官僚と血縁関係になること。

伝統的に貴族達は国を支え、貢献することを名誉とする。
その為に国を支える原動力となる優秀な人間を養子に迎え入れることは頻繁に見られること。
どんな生まれであっても、優秀な人間はそれ相応の地位を得る。
未だ貴族制度が残るものの、それに対する国内での反発はさほど多くない。
それは、そうした人材登用システムが人々の意識に根本的に組み込まれているからだ。




「大佐、本日の行き先は……」

「天河博士のラボへ。仕事ではないから、別に君まで同行しなくても平気だが?」

国内の地方基地の視察を終え、明日はようやく中央へと帰る。
今日は久々の休暇だというのに、フィオリールは軍服を身にまとっていた。

「その格好で私事と言われても、説得力に欠けると思いますが」

「成程。しかしあそこは一応軍管轄地だ、この方が何かと都合が良い」

「ならば御一緒します」

フィオリールは苦笑し、それ以上マナミに向かって何も言わなかった。
それは了承の意とみて間違いない。




マナミ・エーリンクは二十歳そこそこの新米とはいえ、正規の軍人。
対するフィオリール・クロイツフェルドは、軍人であると同時に近衛騎士。
近衛騎士は皇帝自身の臣下であり、帝国の力を象徴する存在でもある。

騎士と言うと、どうしても貴族的な感が否めない。
しかし貴族出身であれば誰もが騎士の称号を戴けるわけではない。
無論、貴族である方が有利ではあるが、家柄や後見は優秀であれば後から付いてくるものだ。
最も重視されるのは、人格と能力。

軍人であるマナミはフィオリールに見出され、近衛府に出向という形で彼女の下で働いている。
それは、軍が近衛騎士の下部組織だというわけではない。
軍は軍本部が、騎士は近衛府がそれぞれに統括していて、組織体系も地位も全く異なる。
各々独立した機関でありながら、騎士のほとんどは優秀な軍人であり、また数で劣る騎士の役割を軍が補完するという状況が、両者の奇妙な共存を生んでいた。




視察中の仮住まいである宿舎の玄関へ向かうフィオリールの後ろを、マナミは三歩ほど下がって歩く。
前を行くフィオリールは、騎士しか身にまとうことの許されない黒の軍服。
金の肩章に飾り紐、およそ実用に向かない華美な上着の腰には、正式の場だと細剣が下げられる。
一方のマナミは、普通の軍人が着用するグリーンの上着に、近衛府に出向する人間を表す同色のケープを羽織っている。
ただ、フィオリールがスラックスであるのに対し、マナミの制服はタイトスカートである。

「今日は、スカートなんだな」

ちょこちょこと小走りで後に付くマナミに、フィオリールは目を細めて声をかけた。

「……今日はデスクワークの予定でしたので」

視察で出歩く時は男性と同じスラックスを着用しているが、今日は外出の予定が無かった為、女性士官本来の制服であるスカート姿であった。
タイトなスカートは、忙しく動き回るフィオリールに付き従うには不向きなのである。

「あぁ、付き合わせて悪い。君の予定を違えてしまった」

「私が好きでやっていることですから」

本心から言っているので、それは間違ったことではない。
そんなマナミに、彼女の上司は若干の苦笑を交えて微笑んだ。

マナミがいつもと違うスカートであるのと同じように、フィオリールにも普段と異なる部分がある。
職務中はいつもピンで留められている白金色の髪、今日は解かれたまま黒い軍服の上に広がっている。
それが、彼女のこの行動が全くの私事であることを明確に物語っていて。

(プライベートならプライベートらしくなされば良いのに)

そうマナミが思っていても、それは仕方ないことで。

フィオリール・クロイツフェルド大佐は間違いなく女性である、それも美女と評される類の。
だが、帝国の生きた英雄であり、皇帝の剣であり盾である彼女。
少なくともマナミが知っている表向きの彼女は「騎士」であるのだから。



+++++



年頃の女の子の華やかな話だとか、羨ましいと思ったことが無いと言えば嘘になる。
けれどそんなことにかまけているヒマは自分には無かった。

ラボへ向かう途中、学生らしき少女達を車で追い越した時、フィオリールはそんなことを言った。

「……ですが、大佐は夜会などでドレスを着られるのでは?」

大貴族の令嬢でもある彼女にそう問えば。

「騎士として呼ばれれば、騎士の礼装で出席するのが道理だろう?」

マナミはそれを首肯し、そう遠くない自らの過去に思いを馳せた。