「何か」が感覚を刺激する。
眠っていたのは二、三十分だったろうか。
そんな短い時間の中では夢を見ることもなく、ランスは薄く目を開けた。
視界に入ったのは、立ち上がって右手で左手首の辺りを押さえている真幸の姿。
空気中に微かに漂うのは、ランスの好む甘い甘い赤い匂い。
それは、まごうことなく彼女の手元から薫ってきていて。
「……サキ、どうしたの?」
「あぁ、手ぇ切っただけよ」
「大丈夫……?」
「あんまり深くないけど血が……何よ」
真幸のことをあまりに凝視しているのがバレた。
「その、まさか、『欲しい』の?」
「あー……ゴメン」
「まぁ、それはアンタの生物的習性だから仕方ないけど」
言った真幸は、右手でランスのことを手招く。
それに浮かされるようにランスは立ち上がった。
これでは、人と吸血鬼としての立場は全く逆なのだが。
「カップか何か……紙コップで良いか」
「……こっちのが早い」
赤い液体を容れる器を探す彼女を尻目に、その左手を取る。
親指の付け根辺りに、2センチ程の真っ直ぐな切り傷。
次の瞬間、真幸の声にならない悲鳴が響いた。
授業終了のチャイムに紛れて、さして目立たなかったが。
ランスは手っ取り早く血液を頂く為、傷口に直接 「 口 付 け た 」 だけ。
手の平に滲んだ血を、丁寧に舌で絡め取っていく。
その突然の行為に真幸は身動きできず、空気を求める金魚の如く口をパクパクさせている。
「……栄養補給完了」
「あ、アン……タ……寝惚けてる……?」
「…………そんなこと……ない……と思――っ!!」
身体中に栄養が行き届いたせいか、段々とクリアになっていく視界と思考。
目の前にいるのは、引きつった表情の真幸。
パッと、慌ててその手を解放する。
真幸は暫くの間、同じ姿勢で固まったままであった。
■□■□■
「……………………………………申し訳ありません」
土下座をせんばかりに身を低くして謝るランス。
「……………………………………驚いただけだけど、ね」
ギクシャクとロボットじみた動きでランスに背を向け、真幸は傷口に絆創膏を貼っている。
「…………………でも、月の無い夜は背中に気を付けた方が良いわよ」
「…………………は?」
「壁に耳あり、障子に目あり」
――じゃあ、鍵穴には?
風も無いのに、ランスは寒気を感じた……ような気がした。