The World


 朝、携帯電話の目覚ましが鳴る。 それは夢の中で聞いていて、10分後には2つ目の目覚ましが鳴るけれど、それも蒲団の中で聞き流す。 さらに10分後、母さんの怒鳴り声が聞こえてからようやく床に足をつける。 5分で支度を整えて階下に降りると母さんはぶつぶつと文句を言いながら「卵は目玉焼き?それともオムレツ?」と聞いてくるので、アタシはたいてい「塩の卵焼き」と答える。 朝ごはんを急いで食べて、慌ただしく家を出る。 高校までは自転車で5分。 予鈴ギリギリに教室に滑り込む。

アタシの日常は、概ねこんな感じ。




 月曜日、憂鬱な日。 まさにブラックマンデー……じゃない、それは金融恐慌。 いつも訪れる週の始めのブルーな日。

 その日の朝は、何故だか携帯が鳴る前に目が覚めた。 布団から出て2つの目覚ましを解除してから、いつもよりノロノロと、15分くらい時間をかけて支度を整える。 リビングに下りると母さんが驚いた顔で言った。

「珍しいわね、サヤカが自分から起きてくるなんて。今朝は卵焼きでいいの?」

「うん。塩味ね」

 一番ドアに近い、ついでに冷蔵庫にも一番近い定席について、アタシは新聞を広げる。 広げたものの読むところが無いから仕方なくもう一度閉じて、裏のテレビ欄をじっくりながめてみた。

「できたわよ」

 箸を伸ばして黄色い塊を口の中に放り込んで、アタシはむせた。 塩味のはずのいつもの卵焼きは、何故か甘かった。 母さんが塩と砂糖を間違えたみたい。

「ねぇ、甘いよ、卵」

「あら。間違ってお砂糖入れちゃったのかしら」

 文句言わずに食べましたよ、アタシは。

 でもなんだか食欲が湧かなくて、なんとなくダルイまま学校へ行った。 当然いつもよりも早く教室について、友達からは「珍しいね、サヤカがこんな時間に学校にいるなんて」と言われた。

 ホームルームが始まって気づいたことがある。 アタシの席は一番後ろの真中の列で、中途半端に1人だけ飛び出した席だったはずなんだけど。

「……アンタ、誰?」

 知らない間に隣に机が1つ増えていて、学ランをきっちり着た見知らぬヤツが座っていた。

「何言ってんのー? サヤカったら、キョウ君のこと忘れたの?」

「そうだよサヤカ、ボクのこと忘れたの?」

 一人称「ボク」かよ!  しかもアタシのこといきなり呼び捨てかよ!  つーか貴様は一体何者だ!

「先週居なかったよ絶対!」

「えー? 春から一緒のクラスじゃん」

「修学旅行の写真あるよー、見る?」

 差し出された写真をひったくって見てみたら……いるよ。 どれもこれもニッコリ笑って写りこんでいる。 後から合成しましたって写真じゃないの?  だって私もおんなじ写真持ってるけど、こんなヤツ居なかったって、絶対。

「だってだって、この人髪白いじゃん! 目ぇ、紫じゃん! 日本人じゃないってゆーか、人間じゃないよ!」

「あはは、サヤカは恥ずかしがり屋さんだなぁ」

 そいつは何故かアタシの肩を抱いて笑った。 しかもワケわかんないし。 なんでクラスに馴染んでんの?  コイツ、マジで何者?  なんだか、ぞぞぞっと背筋に悪寒が走った。




 この謎の生物の観察結果。 ……コイツ、絶対に宇宙人だわ。

 一時間目、数学。 カシャカシャ音を立てながら方程式を解いていた。

 二時間目、日本史。 虚空を見つめながらクスクスと笑って何者かと交信していた。

 三時間目、体育。 走っているヤツの耳から煙が出ていた。 「煙!出てる!」と指差して叫んだら、友達は「キョウ君らしいよね」と平然と言った。 おまけに「指差すのは失礼だよ」と注意された。

 四時間目、保健室。 ヤツについていけなくて保健室に避難。

 そして、現在にいたる。

 ……お腹が空いた。 もう昼休みだから仕方無い。 そして私のお弁当は教室のかばんの中。 しょうがないので保険の先生に御礼を言って保健室を出た。 お弁当食べたら、家に帰ろう。

「あ、サヤカ大丈夫?」

 教室に戻ったら、友達が声をかけてきた。 ざわついた教室にあの宇宙人の姿は……無い。 よっしゃあ!  セーフ!

「ん、なんとか。アタシ、今日は1人で食べるから」

 そそくさとお弁当だけ持って廊下をダッシュ。 『廊下を走ってはいけません』なんてポスターは目に入ってないから。

 階段を上って重いドアを開けたら、そこに広がるのは青い空!

 ………………!!!

「うひゃぁあああっ!!!」

「色気の無い悲鳴だね」

 真っ白な髪を風になびかせながら、ヤツは爽やかっぷり100%で微笑んだ。

「ほっといて! 何でココにいるの!?」

「サヤカの思考をほんのちょっと読んだ」

 なんですと?

「アンタ! 人間じゃないでしょ!」

「うん、そうだよ」

 ……なんですと!?




 この瞬間。 いや、もしくは今朝目覚めた時からアタシの日常は終わっていたのかもしれない。

 世界って、広いなぁ……。




 口をぱくぱくさせて次の言葉を探しているアタシの姿は、酸素を求めて水面に上がる金魚のようだっただろう。

「……う、宇宙人!?」

「まぁ、地球人から見たらね」

 何しに地球に来たの!?  謎の金属片を埋め込むの?  動物の体中の血液を抜き取るの?  ああ、それとも謎の妊娠をさせるの?

「いや、そんなことしないから」

「はぅあっ!!」

 しまった!  コイツは人の心を読めるんだ!

「単純なことならね」

「単純で悪かったわねっ!」




 月曜日は憂鬱な日。 憂鬱すぎて、ブルーもブラックも通り越して、ダークって感じ。

 へぇるぷ・みぃいいいぃいーっ!!

 翌日、私は目覚ましの鳴る前に目を覚まし、卵焼きはやっぱり甘かった。

 この日常はまだ続く…………?