MD


そこそこ人が乗っている電車の中。
俺は示された通り、きっちり一人分の座席スペースを一時的に所有している。
イヤホンからはJ−POPが流れ出していた。


俺の前の座席にはセーラー服の高校生が座っていて、一生懸命英単語帳とにらめっこしている。
膝の上の重そうなカバンの中には、多分何らかの参考書が詰まっているのだろう。
ご苦労なことだ。
彼女もまた、苛酷な受験戦争の真っ只中に方程式で武装して突っ込んでいくのか。

駅についてドアが開き、何人かの人間が吐き出されていくのと同時、逆に大量の乗客が流れ込んできた。
セーラー服の少女は人の波の向こう側に見えなくなった。

今度、俺の前に立ったのは、いたって普通のくたびれたサラリーマンだった。
取り立てて言うことの無い、面白味に欠けた姿だ。

実はその隣、俺から見て左斜め前に頭の白いおばあさんが立っているのだが、誰も席を譲ろうとはしない。
斯く言う俺も、多少の気まずさを感じながらも座ったままである。
入ってきてすぐに声をかけられないと、そのままずるずるとタイミングをつかめないまま時が過ぎる。
尊い自己犠牲をお願いするアナウンスが無駄に流れていった。

車内の何処かから頭の悪そうな喋り声が聞こえた。
女子高生かと思ったが、よく見たら私服の女子大生だった。
年齢には関係なく純粋に頭の良し悪しということか。
ふと先程の高校生を思い出し、あの子はこんな風にならないだろうと思った。


その先、電車はいくつかの駅に停車し、客のほとんどを降ろしていった。
しばらくしてMDが最後まで再生されて、イヤホンからは何の音も聞こえなくなった。
終点よりも二つ手前、名前も知らないその駅で俺は降りた。
セーラー服の少女も同じ駅で降りた。




外は暗く、空には星が見えた。