シャム双生児


白い壁と硬い床。
踵を鳴らして歩くのは嫌いではないが、あまりに音が響きすぎると、自分で驚きそうになる。
周囲に人が居ないからこそ、なるべく高い音を立てないように真幸は歩いた。
何度か角を曲がり、滅多に人が訪れない一角に入り込む。
探し人はこの先に居るはず、真幸は確信していた。

廊下の突き当たりはちょっとしたホールの様な空間になっている。
そこにはソファも応接用の低いテーブルも用意されている。
けれど一番に目に飛び込んでくるのは、一面のガラス窓と、その先に広がる新宿の街並み。

しばらくして真幸はソファに身を沈めている人影に気付き、そして静かに息を吐いた。
それが溜息なのか、それとも安堵なのかはわからない。
探し人は、やはり此処に居た。
彼に声をかけようとして、けれど、開きかけた口を閉じる。

普段は、学校ではそうでもないが、こうして見てみると、彼の顔にはやはり疲労の色がある。
いくら「休め」と言われても、中々聞き入れないのは自分も同じ。
わかっているが、相手に「休め」と言ってしまうのもお互い様。

今度は溜息を吐き、真幸はその場を後にした。
来る時以上に、足音に気を付けながら。



■□■□■



カツン、と一つだけ足音が響いた。

悠斗は目を覚ます。
足音のせいではない。
他者の気配で覚醒してしまうのは、身体に染み付いたクセのようなものだ。

「待たせてすまない、悠斗君」

「いえ、寝てたみたいですから」

苦笑しながら、ソファに座ったまま身体を伸ばす。

「佐倉さんの方の仕事は良いんですか?」

悠斗の左隣に座った佐倉。
既に五十代だったと悠斗は記憶しているが、精悍な紳士だ。

「仕事と言っても座ってるだけだからな。君こそ疲れてるんじゃないのか?」

「高校生を相手にするのは疲れますよ」

煙草を取り出した佐倉の前に灰皿を置く。

「昔の自分を見ているみたいで、か」

「失礼な。僕は優等生でしたよ」

佐倉につられ、悠斗も胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火を点ける。
実は「優等生」とは言えないくらい、悠斗の煙草歴は長い。

「ところで、それは君のか?」

灰皿に灰を落とした佐倉が、自分とは反対側、悠斗の右隣をその煙草で示す。
首を捻って見てみると、ソファの上に転がっているものがある。
悠斗が愛飲しているメーカーの缶コーヒーと、ファンシーなチョコレートの箱。

「随分と可愛い菓子を食べてるな」

「嫌味ですか、それは。違いますよ。でも誰が……?」

「貰っておけ。疲れた時は甘いものが良いって言うだろう」

食べておけと佐倉は勧める。
何か解せないような表情のまま、悠斗はチョコレートのパッケージを開ける。

「他人が近くに来たら、寝てても起きるはずなんですけどね、僕は」

呟いて、悠斗は口の中にチョコレートを放り込んだ。




此処に来る途中、一人の少女とすれ違っていた佐倉は無言のまま笑った。

つまりそれは、既に他人ではないということだろう。