釣りをするひと


例えば一人になりたい時だとか、そんな時だけ。
俺は釣竿を持ってでかける。
船着き場の裏に小さく低い岬があって。
そこには腰掛けるのにちょうどイイ感じの岩がある。
俺はそこに座って海面に糸を垂らす。




ガキ供もよくこの辺りで釣りをやってるみてぇだが、俺が行くとそそくさと逃げ出しやがる。
俺の虫の居所が悪い時、わざわざ俺を呼びに来た子分を本気でシメるのを見られたからな。
これも怪我の功名って言うんだろうか。
それ以来、ガキはおろか仲間達も俺がここに居る時だけは近付いて来ねぇ。
おかげで俺は一人の静かな時間を手に入れることができるってわけだ。

まあ、俺が一人になりたくなることなんて、年に二・三度あるか無いかって話だがな。

今日も、別に何かしたかったわけじゃない。
ワケも無く、衝動的に釣竿をつかんだ。
たまに。
ごく稀に、こんな気分の日もある。


「……久しぶりに、ガキ連れねぇで海に出っかなぁ」


ガキってのはリセルとかメリアとか、そーゆー奴らだ。
俺は乗せるつもりはないのに、気が付くといつの間にかちゃっかり乗り込んでやがる。
リセルは雑用に使えるからまだいいが、メリアがなぁ……。
だがメリアを置いてくると、今度は親父のガースも陸に残っちまうし。
そーすっと俺の船の戦力は半減か?
……そいつはマズイ。
アジトの守りが堅くなるのはイイが、最近礼儀を知らねぇ新参者がこの海にも増えてきたしな。
ガースは俺と同じくらい剣も銃もできるし、何より見た目の威厳っつーか貫禄っつーかが半端じゃねぇ。
はっきり言って、ガース以外に俺の背中を預けるつもりは無い。
てことは、やっぱりメリアも船に乗せなきゃなんねーってことか。


「はぁ……ウゼェ……」


リセルは……あれは十四かそこらだな。
そんでもって確かメリアも今年十四になるんだったか?
この国の王女様は同じ十四の時に婚約したっていうのになぁ。
それと比べたらえらくガキだな、二人とも。

アイツらぐらいの年の時、俺がやってたことと言えば。
……あんまり思い出したくねぇな。

昔語りできること、ましてや誇れるようなことなんか。
俺は何一つ、持ち合わせちゃいねぇ。



■□■□■



「……ちょう、せーんーちょーお!!」


目を開けたら、赤い夕暮れ時の空とリセルの顔が見えた。


「……どうせなら美人の女が良かったなぁ」

「何言ってるんですか。もうすぐ夕食の支度ができますよ」


俺の腕を取って引っ張り起こそうとするから、仕方なく俺はそれに従って身体を持ち上げた。

にしても、いつの間に寝ちまったんだ?
それに何か夢を見てた気がするんだが……。
駄目だ、ちっとも思い出せねぇ。
……そろそろ年か?
いや、違うか。


「良いワインが入ったってカイさんが言ってましたよ」

「そいつは……楽しみだなぁ」

「……なんか、今日の船長、変ですよ? 熱でもあるんですか?」


リセルに心配されるようじゃ終わってる。
今日の俺は……なんて言うんだ、センチメンタル?
……はっ、似合わねぇ。


「変だとはなんだ。俺様はいつも通りの男前だろうが」

「はいはい。そのとーりです」


いつもは抜けてるくせに、時々恐ろしいくらい敏感なガキだ。


「あれ、魚は? 釣りしてたんじゃないんですか?」

「……寝てたからな」


俺の釣竿には、実は針も餌も付いてない。
本気で釣りがやりたかったわけじゃねぇし、所詮ここに来るための理由付け程度の意味合いでしかない。


「そういや、ここでお前を釣り上げたんだよ」

「え、ここでですか……?」

「今までで、一番デカい魚だな」


笑いながら言ったら、リセルはふくれた顔で「オレは魚じゃないです」と言い返してきた。
お前が何だろうと、俺にとっては変わらねぇよ。


「そもそも、何で嵐の夜に釣りなんかしてたんですか。絶対に普通じゃないですよ」

「ウルセーな。神様からのお告げがあったんだよ。それでテメェの命拾ってやったんだから感謝しろ」


どこか釈然としない表情で。
だが結局リセルはそれ以上のことを聞いてこなかった。

まったく鋭いヤツだよ、お前は。
それこそ、憎らしい位にな。




嵐の夜。

この国の王女が。

セシリアが婚約を発表した日。


俺は、このことを誰にも言ってない。

それでもガースあたりは気付いてるんだろうな。

だからアイツは此処で俺が釣竿を持っていると安心する。

今思えば、相当馬鹿な考えだった。

でも、その瞬間の俺は心の底から本気だった。


彼女が永遠に篭の中の鳥になってしまうのなら。

俺が彼女に自由を与えられないのなら。

彼女がそれを望まないのなら。



いっそ……。



いっそ俺は、死んでしまおうと思ったんだ……。