INSOMNIA

僕の生活は彼女に言われるほど不規則ではない。
「仕事」が終わって家に着くのが深夜0時前後で、眠りにつくのは2時から3時。
それで朝の9時から10時には遅くても起きるのだから、睡眠時間は7時間は確保されている。
充分だ。
僕に言わせれば彼女の生活のほうがよっぽど変則的で、 早々にあらためてもらいたいと思っている。

そして今日、日曜日。
まゆさんと映画に行く約束をしている、というか、約束させられた。
途中で彼女の家に寄って、そして駅まで行くことになっている。
……のだが。

「ねぇ……もしかして、寝不足してない?」

玄関から顔を出したまゆさんは、開口一番そう言った。

「え、でも今日は映画に行くんですよね……。前売りも買ったし」

「そんなのいつでもいいから」

何故わかってしまったのだろう。
1人で勝手に思い悩んでいる間に、僕はまゆさんに腕をつかまれて家の中に引きずり込まれた。
実のところ、最近良く眠れていない。
寝つきが悪いというか、眠りが浅いというか。
夢見は悪くないと思う。
毎夜訪れる夢は、けして不快なモノではないのだから。

「なんかね、前に私が慢性的に睡眠不足してた時の顔に似てる」

僕の心を読んだかのように、まゆさんは言った。

「今日は一日、ゴロ寝しよ」

そうして僕はソファに座らされる。
いつも思うのだが、この家のソファは座りごこちがとても良い。

「今、掛けるもの出すね。……ベッド使う?」

押入れの前で振り返るまゆさん。

「それは、ちょっと……」

再び前を向いて押入れの中からブランケットを引っ張り出す。

「じゃあ、膝枕してあげようか」

「それも……ちょっと」

「ふーん」

僕の膝の上にブランケットが置かれる。
手触りが柔らかい。
他人の家で、しかも家主を差し置いて寝るなんて気が引けた。
それでも、母親が作ってくれるような、僕にはそういう記憶は無いけれど、 甘い香りのするホットミルクを飲んだら。
まぁいいか、と。
そんな風に思えた。


たまに目が覚めて、台所に立っているまゆさんの姿を覚えてる。
うつらうつら、結局どれくらい寝たんだろう。
そして最後に目が覚めた時、何故か僕は彼女に膝枕されていた。

「良く寝れた?」

「……えぇ」

髪を撫でられるのがとても気持ちよかった。


僕が眠れない理由なんて、君は知らなくていい。
ただ、君に此処に居てほしいだけだから。